現実とは刺繍の裏側みたいなもの

刺繍ししゅうって意味のある模様だったり、絵柄だったりするわけなんですが、その裏側は見ても意味のわからないものです

そして、、、

 

現実とは何か…

なかなか哲学的な問いではありますが、この「現実とはなにか」という問いの1つの答えが「刺繍の裏側みたいなもの」ではないかと僕は常々思うわけです

 

 

刺繍の裏側を見ても表の模様なんて想像出来ません

なんのこっちゃわけわからんのが刺繍の裏側です

 

しかし、そのわけわからん裏側がないと表の刺繍は出来ません

そして、その裏側には意味のないラインなんて一縢ひとかがりもないわけです

 

現実も同じで、何の意味があるのかわからないラインを一つ一つ縢っていくわけです

しかも、ずっと裏側しか見れないので何を目指して、何のために縢っているのかもわからず気が滅入るものです…

 

普通に人間として存在して、生きていて楽しいことばかりと言う幸せな人はそうそういません

人生はイヤなことが9割って人もいますね

さすがに9割は言い過ぎだと思いますが…w

いい感じの刺繍にするためには暖色系の糸も必要だし、寒色系の糸も必要なわけです

寒色系はイヤだからといって暖色系の糸ばかりで刺繍を作っても安っぽいものしかできません

絵でも黒の使い方が上手い絵は人を惹きつけます

音楽も低音が磐石でないと高音域の旋律が生きません

 

現実は良いこともあれば悪いこともあるけれど、悪いことは悪いことで意味があるのでしょう…

本当に何の意味もないことであれば最初から存在しないでしょうからね

 

僕自身、自分がどんな刺繍を作っているのか現時点では全くわかりません…

しかし、明確に或る方向を目指していることだけは直感しています

 

どんな刺繍が出来上がるのかまだわかりませんが、いつかわかるそのときまで今日もまた一縢りです