昔読んだ小説の中にこのようなセリフがあります
”正も負もどちらも等しく必要だと知ったとき、負は負であることを凌駕する”
-アナザヘヴン
良いことと悪いこと
どちらかと言えば良いことがたくさんあった方がいいに決まっていますw
なかなかそうはなってくれませんが、認識を変えれば新しい価値観が見えてきます
Index
正と負、陰と陽などの二元性に良い悪いはない
物事に正も負もなく、認識レベルによって変わってくるということです
しかし、結果としてわかることであって、渦中の認識でそれを理解するというのは普通無理です
僕も結果として、あのトラブルがなければこのスキルは得られなかっただろうなぁ…ということはたくさんありますが、そんなこと災いの最中には考えられません
なので、苦しい「現在」だけでなく「未来」という視点を少しでも認識出来れば「現在」の状況は変わってきます
と言っても、具体的な「未来」を認識する必要はないです
それが出来たら予知能力者ですw
”「未来」というものがある”というくらいのふわっとした認識で良いんです
「過去」「現在」「未来」というのは有機的に関係し合っているわけですから
「一は全 全は一」と「未来からの視点」
一を積み上げて全を観るのではなく、全を全として一括で観る
一は全 全は一
の考え方ですね
どこかの錬金術師が言っていましたねw
「一芸を極める事 是れ万事を修めるに同じ」
と銀魂で桂も言っておりました
「一は全 全は一」の考え方と「未来からの視点」って似ていると思うのです
「未来からの視点」というのは時間の流れが、過去(現在)→未来ではなく過去(現在)←未来と逆になります
何かを創るときというのは最初に完成形が在って、そこから逆算し作業を進めていきます
つまり、個である部分を積み上げて全体を完成させるのではなく、全体ありきで部分を逆算、抽出するわけです
クリエイターの時間は過去(現在)→未来ではなく、過去(現在)←未来に流れているわけですね
(適当にやってたら何か出来た!ということも多分にありますが…)
合掌の意味
仏教で「合掌」という所作があります
お墓参りや初詣の神社など仏教以外のところでも「合掌」の所作はしたりしますねw
合掌では右手と左手を合わせるわけですが、それぞれ左右の手に意味があります
右手
最も高潔な「仏」を表す
左手
最も低俗な「自我」を表す
合掌というのは最も遠い対極同士の融合を表す所作というわけですね
「一は全 全は一」という考え方も最小と最大という最も遠い対極同士の融合です
最も遠いもの同士をイコールでつなげることが真理への1つの足がかりとなりそうです
まだまだその境地は遠そうですが、精進していきたいものですね