「空気を読む」という言葉に拒否反応を起こす人は多いと思います
そして、空気を読むことと同調圧力を混同してしまってる場合も多いと思います
特にネット上では…
「空気を読む」ということと「同調圧力」というものは似て非なるもの…どころかまったく逆の概念です
日本はかなりのハイコンテクスト文化なので「空気を読む」能力に長けているとかなり有利に生きていけます
「空気を読むこと」と「同調圧力」の違いは大きくわけると、能動的か受動的かということになります
Index
「空気を読む」の定義
「空気を読む」というのはどちらかと言えば、能動的なスキルになります
「空気を読むこと」を定義するとすれば……
無用な衝突を起こさないよう自分の立ち位置、発する意見、それを受け取る側の立ち位置と関係性、感情などを大局的に見て自主的に立ち回ること
です
また、無用な衝突を起こさないという消極的な使い方だけでなく、自分の意見を通すための射線を空けるという使い方も出来ます
「同調圧力」の定義
同調圧力は受動的に受ける…ということが多いですかね
同調圧力という言葉が使われる場合、どちらかと言えば受ける側の立場から語られることが多いように思います
「同調圧力」を定義するとすれば……
特定の場、集団に於いて意思決定を行う際、少数派に対し多数派が意見を合わせるように掛ける無言の圧力
です
ただ、同調圧力を掛ける側の能力の問題、同調圧力が存在する集団自体の問題もあります、、、
同調圧力を掛ける側の問題
対話、説得のプロセスを踏まず、相手の納得も引き出さず、自分も譲歩しないというのは横暴すぎます
まず、同調圧力を掛ける側の問題があります
「空気を読むこと」の定義の部分で触れましたが、空気を読むことが出来ていれば、自分の意見を通すための射線を空けることが出来るはずです
それが出来れば、同調圧力を掛ける必要はありません
それが出来てない時点で同調圧力を掛ける側は空気が読めてないことになります
明らかに同調圧力を掛ける側の能力不足です
ただ、少しだけ擁護するとしたら、わからない人に何かをわからせるというのはものすごくエネルギーのいることで、時間も掛かります
わからない人からすれば、わかっている人の話しは禅問答にしか聞こえません
意思決定が遅いということはあらゆる場面で致命的な損失を生み出す可能性があるため、ショートカットの手段として同調圧力を使う場合もあるかと思います……
対話、説得は後回しにして…
同調圧力が存在する集団自体の問題
同調圧力を掛ける側の問題は先の通りですが、同調圧力を掛けられる側も普段からやってもらって当然のお客様感覚で、意見も対案も出さず都合が悪くなると「同調圧力だ!!!」で済ませるのはやはり問題です
つまり、同調圧力が存在している集団に属している人全員がその程度ということです
同調圧力を掛ける側であろうと掛けられる側であろうとです
人、思想、製品、コンテンツ…あらゆるものは同レベルのもの同士で集まる性質があります
空気を読むことと同調圧力は違う
「空気を読む」ということと「同調圧力」というのは混同されがちですが、似て非なるもの…どころかまったく逆のものです
大局的視点を持ち、同調圧力を掛ける側にも掛けられる側にもなりたくないものですね…